宇摩太鼓蔵全国祭写真巻

五穀豊穣と自然への感謝と祈りを目的とする秋祭り。現代に至るまでに、途絶えた出し物もあろうが現存していることを記録に残していくことで祭りを伝えていきたい。

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新たに動画チャンネルを作りました。HD撮影等をアップしていきます。
http://www.youtube.com/user/taikokura?feature=mhsn
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  1. 2010/12/22(水) 21:45:57|
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三万ヒット突破!!

一年で3万件突破となりました。皆様のご訪問に感謝し、また来年も各地の祭りを紹介していきたいと思います。
大楠

三皇神社の御神木 愛媛県指定天然記念物 全国36番の大きさの楠
  1. 2007/11/13(火) 00:04:44|
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愛媛県四国中央市三島みなと祭り 天神花火大会 2006/7/25 三島港沖

昨年の三島みなと祭り 天神花火大会の模様です。港周辺は混在するので、ここ数年は高速道路側道より見物してます。三島は坂の町ですから、高台からも見やすく、近くに行く必要はありません。仕掛け花火は工場が邪魔して見づらいですが(あと300M程、沖合いで打ち上げると見やすくなるはず)10年位前に三尺玉を打ち上げて、燃えカスが海上や観客席間近まで落ちてきて、以来大型花火の打ち上げはなくなりました。弐尺が限度です。20年ほど前は仕替え花火が多く、水中花火もありました。三島港では打ち上げの際にスポンサー企業の字花火を船の側面に点火し、左から右へと移動していきます。合併してからは、毎年花火大会の統合が取りざたされますが、三島は天神祭り・川之江は伊勢神社祭礼の奉納花火大会ということを知った上で、話を進めているのか疑問です。祭礼行事ではなくなったのかもしれませんが
三島花火 06 参

三島花火 06 弐

三島花火 06 四

三島花火 06 七 

三島花火 06 六

三島花火 06 伍

三島花火 06 九

三島花火 06 壱

三島花火 06 八

三島花火 06 拾壱

  1. 2007/08/31(金) 00:00:10|
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お知らせ

遠征予定の淡路島各地の春祭りと南あわじだんじり祭りには行けないことになりました(T_T)親類に長期入院が必要になった方がおり、親類から不謹慎との指摘がありましたので、やむなく今回の遠征は見送りとしました。あ~・・・、去年も似たような理由で遠征を断念したのに。せめて豊中町鳩八幡神社新築記念奉祝運行は見に行きたいのですが、これも親類の罠にはまり(農作業を毎週末に入れられた)翌日は朝から用水路の井出上げがあるので(これも仕組まれた)遅くまでの見物は断念せざるえません。なぜ近くに住んでいない自分が行かなくてはならないのか疑問を抱きながら、2時間ほど朝の運動をせねばならないのです。しかも、聞くところによると5人位しか来ないとか・・・(来ないと5000円徴収)蚊や蛇と格闘しながらの井出上げとなります。このような理由により、今年の春の遠征計画は破綻し、未開の地は残されたまま来年に持ち越しです。皆様、良い週末と祭り見物を

2006年 山車出場予定
4/29 香川県三豊市豊中町岡本 鳩八幡神社新築記念運行
   10時~宮入開始
   11時~落成式典
   13時~本殿回り(太鼓別に本殿3周)
   14時以降 宮出後、七宝交配へ移動
4/29 愛媛県西条市氷見高尾神社
   早朝から神輿(みこし)町内巡行、だんじりが先導
4/29 兵庫県南あわじ市
   南あわじだんじり祭
   9:00より開始
   兵庫県洲本市洲本八幡神社
         五色町鮎原河上天満宮
      淡路市津名町 志筑八幡神社 
4/30 愛媛県西条市丹原町 丹原文化会館 
   川沿町自治会のだんじりを披露・組立・解体も公開
   だんじり彫刻師、石水信至氏による公開彫刻
   10時~16時 小ホール
   
由良 内田町 四

  1. 2007/04/27(金) 21:27:54|
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昔写真 宇摩郡妻鳥村 第壱号綿市太鼓台 昭和20年代 

第壱号として絶えず奉納していた綿市太鼓台。綿市とは綿の市をおこなっていたから起こった地名。管理人が小学生の頃までは、綿市には綿を栽培し、糸にする作業所がありました。(使用されず廃墟でしたが)その作業所も道を作るために壊され、畑も無くなりました。綿市の集会所に荒神があり、大祭には神輿が休む場所になります。明治時代の話ですが、まだ妻鳥町に六台の大人太鼓台があった頃、太鼓台は最終日に神輿のお供で地区を周り、最後に綿市の荒神まで行き、そこで解散していました。ある年、神輿が帰れば祭りが終わると、綿市の荒神までお供した太鼓台が行く手を阻みました。そうすると、綿市のカキ手が怒りました。「神輿が帰らな、太鼓をしまえん!」綿市と他のカキ手は喧嘩になったそうです。ただし、人同士の喧嘩ですが、その後どうなったかは知りません。(2006年 町民だより記載)綿市太鼓台には、昔から掛け布団がなく、大人太鼓台として復興するまでは前後左右の棒の上に柵をつけて子供が乗っていました。綿市太鼓台が新調し、記念運行を行ったのは祭り前の日曜日と記憶しております。そのときは夕方まで地区内をまわり、最近は入らない細い道にも入っていました。太鼓は明治2年に制作されていますから、江戸末期には所有し運行していたと思われます。妻鳥町には古文書が少なく、太鼓台に関する記述もあまりありません。そして、今から探しても見つからないでしょう。代々、神主であった家系の方なら書物など持っているかも知れませんが。
妻鳥綿市 昔壱

布団締めは細く、掛け布団は無い。房も小さいが四つ房は今と同じ位の大きさ。トンボの大きさも今と同じ位か?
  1. 2007/04/23(月) 21:51:58|
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