宇摩太鼓蔵全国祭写真巻

五穀豊穣と自然への感謝と祈りを目的とする秋祭り。現代に至るまでに、途絶えた出し物もあろうが現存していることを記録に残していくことで祭りを伝えていきたい。

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観音寺市大野原町福田原 2005/10/16 町内運行

二年連続で見に行きましたが2005年は神社までいくも太鼓台はおらず、広い道に出て見ると先ほど来た旧道に入っていく太鼓台が・・・。一体どこで、すれ違ったのか?後を追うことも先回りもできず仕方なく遠くから写すことにしました。大型の太鼓台で龍の布団締めと掛布団は鷹と龍です。2006年は探し回りましたが見つからず、諦めて青岡地区へ向かっていると橋を渡る福田原太鼓台を発見しました。しかし、ビデオ撮影のみしかできない距離でしたので写真はありません。来年こそは近距離撮影を試みます。ちなみに福田原は福田原地区で一台を運行している。氏神は福田原頂懸神社福田原太鼓台 壱
福田原太鼓台
福田原太鼓台 弐

遠くから見る限り、子供は少ないように見える。大人太鼓台や子供太鼓台という線引きではなく「福田原太鼓台」として運行しているからであろうか。縫師は西山縫師と思われる。布団締めの龍頭の盛り上がり方や掛布団の鷹?の羽の形、金糸の色から推測する。
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  1. 2006/11/27(月) 23:27:19|
  2. 大野原町中姫
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観音寺市大野原町青岡 2005/10/16 頂懸神社

ここは、わかりづらい場所に神社がある。祭りの幟がないと素通りしてしまいそうな道の奥が神社だ。ここは何となく通りかかり、見つけた太鼓台である。着いた時は社殿で神事をしていたのか、それとも休憩中なのかわからなかったが、太鼓も叩かれず据え置かれていた。祭礼日とは知っていたが、この道より下にも安井菅原神社があるり、そこは前週が祭礼日。間違って安井菅原神社へ行ってしまったが、先週、太鼓台を見ているので祭りなはずがなく周辺を彷徨うと、前述の神社を発見した。もう一台と小さな子供太鼓台があるはずだが、残念ながら見つけれず大野原八幡神社へと向かった。青岡太鼓台 壱
青岡太鼓台
青岡太鼓台 弐
青岡太鼓台
青岡太鼓台 参
青岡太鼓台 台車
柏原太鼓台 壱
柏原太鼓台
柏原太鼓台 弐
柏原太鼓台
2006年にも、探しに行ったが夜太鼓の準備中だった。動いて無く時間が押していたので断念。このときは三台が並んでいた。この中の一台が中関太鼓台であろう。
  1. 2006/11/26(日) 16:32:32|
  2. 大野原町紀伊地区
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ここらで一息 幕解明

太鼓台・だんじり・御船には幕が付いている物が多く、これも地区により題材が違います。一番多いと思われるのが志度玉取り物語です。
志度珠取物語
古く平安時代。藤原鎌足供養のため面向不背の珠(仏が全ての角度から正面に見える)が唐から送られた。だが途中の讃岐国志度沖で、しけに遭い、海神〔龍神〕が珠を奪い竜宮に戻っていった。鎌足の息子である不比等、この珠を取り戻しに志度にやって来たが、志度の海女と結ばれ房前が生まれた。不比等が志度に来た事情を知り、海女は海に潜り竜宮から珠を取り戻そうとする。龍神と戦いながらも珠を竜宮の中から見つけ、海女は乳房を切り、その中に珠を隠し不比等の元に持ち帰るが、龍神から受けた傷が元で真珠島で命を果てた。海女は志度寺に厚く葬られた。
何故、この物語が多く題材に選ばれるのでしょうか?これも意味があるのかも知れません。
浜町 弐
三島町浜町御座船 横幕 再興以前に使われていたものか?宇摩地方の写真は、ホームページに載せますので、ブログでは一部のみ公開します。
内野々太鼓台 九
大野原町内野々太鼓台 現在、調査中 
田野々太鼓台 伍
大野原町内野々太鼓台 天照大御神の岩戸隠れと思われる。
日本神話の一話であり、皇族の祖神と言われる天照大御神にまつわる話。
天照大御神の親であるイザナギが死んだ妻のイザナミの居る黄泉の国から生還し、黄泉の穢れを洗い流し、この時に左目を洗ったときに天照大御神が、右目からツクヨミ、鼻からスサノオの三貴子が誕生した。イザナギは天照大御神に高天原を、スサノオに海原を治めるよう指示したが、スサノオはイザナミのいる国に行きたいと言って泣き続けたために、イザナギによって追放される。スサノオは根の国へ行く前に天照大御神に会おうと高天原に上ったが、天照大御神はスサノオが高天原を侵略する為に来たものと思い、武装し戦の準備をした。スサノオは身の潔白を証明するために誓約をし、天照大御神の物実から五柱の男神、スサノオの物実から三柱の女神が生まれ、スサノオは勝利を宣言する。しかしスサノオは根の国に行くことなく居座り続け、高天原で乱暴を働き、天照大御神は天岩戸に隠れてしまった。この為、光が世界から奪われ、暗闇に包まれた世の中では様々な禍が発生した。八百万の神々は相談し案を出しあい天照大御神を岩戸から出す事に成功し、スサノオは高天原から追放された。
  1. 2006/11/23(木) 00:03:32|
  2. 風景
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観音寺市柞田町 2006/10/08 サンシャイン柞田前

とんぼ、四房、八ツ房、高欄幕、欄干を新調。この太鼓台は新居浜と同じく四本のカキ棒の長さが同じである。偶然、発見し近くのサンシャイン柞田に車を止め太鼓台を待っていると、なんと駐車場に入ってきて車の前で休憩・・・。移動もできず、30分程眺めたり歩いて加茂神社まで行こうとした利。だが、あまりにも遠すぎて引き返す。そうこうしていると集会所へ向けて動き出した。この後、他の太鼓台を探したが見つからず、豊浜へ向かいました。
中出太鼓台 壱
中出太鼓台
中出太鼓台 参
中出太鼓台 布団締めの龍の目付きが鋭く、対象線上に吽龍の目があります。睨み合う龍の刺繍。一番多い題材ではないでしょうか。
中出太鼓台 弐
中出太鼓台
  1. 2006/11/21(火) 21:38:46|
  2. 観音寺市
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三豊市豊中町下高野 2006/10/08 国木八幡神社 

車で太鼓台を探していると、ふと森の中に明かりが・・・。街灯とは違う光具合、ということは太鼓台か?車で周辺をグルグルと周っていると入り口を発見し近くに車を止め、境内へ。遠くからは大人太鼓台に見えたが、よく見ると子供太鼓台。しかし大きさもある立派なもの。大人太鼓台もあったのかもしれないが現在は子供太鼓台のみ。子供の数と大人の数が同じぐらいでした。
南太鼓台
南子供太鼓台
  1. 2006/11/20(月) 22:59:55|
  2. 三豊市豊中町
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坂出市林田ふるさと祭り 2006/10/08 林田北埠頭広場にて

坂出市には新居浜型が多いが、これは老朽化し新たに購入したのが新居浜の太鼓台だからである。大正時代の写真には、隣の宇多津の太鼓台に似た形状である。これは沿岸部にあった塩田が関係していると思われ、上方との商の関係で、上方から伝わった物が基と思われる。丸亀市・宇多津町・坂出市の太鼓台には共通点が多い。
林田ふるさと祭り 壱

林田ふるさと祭り 弐

林田ふるさと祭り 参

濱中太鼓台

林田ふるさと祭り 伍

林田ふるさと祭り 七

林田ふるさと祭り 六

  1. 2006/11/19(日) 22:36:14|
  2. 坂出市
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徳島県三好市池田町佐野 2006/10/21 佐野太鼓台

前から見たかった太鼓台。トンネル一つ越えるだけなのに近いようで遠い徳島県。ようやく行ってきました、佐野の太鼓台を探しに。トンネルを抜けレストランを過ぎ、点滅信号がある場所を左折し曼荼トンネル方面へ行く途中で神輿を発見!祭りなのは間違いないと確信を持ち、引き返しながら幟を探す。祭りの時にはお旅所や神社に幟を立てるもの、しかも神輿を発見したから祭礼日であり神社に行けば見つかるはずと川沿いを走ると、歩いている地元の方を発見し、太鼓台があるのか聞いてみる。「ここは太鼓台ありますか?」「おるよ、今はでとる」地元の方が指差す方向は、先ほど来た方角「神社に帰ってきます?」「神輿が先やな」と教えてくださりお礼を言い、一度国道へ出てから引き返す。そして、今度は旧道に入ってみる・・・いた!小学校を過ぎて奥の小道に休憩中の赤トンボの太鼓台!!!これが探していた太鼓台に違いない・・・。だが、車を止める場所も無く休憩中だったので遅めの昼食をとりにレストランへ。満腹になったところで、いざ撮影に。なんとなく来るだろうと思われる場所に車を止めると。来ました、先ほど見た太鼓台が。赤トンボに4つ布団に龍の布団締め、しかも交差点で回し太鼓までしていました。いつもの事ながら、初めて見る太鼓台を探すときは大方の場所を探し当てたら、勘と聞き込みで探すのみです。そうすれば高い確率で探し当てれるでしょう。
佐野太鼓台 壱

佐野太鼓台と言うのか、佐野の一部落が奉納しているのか不明だが、たぶん佐野地区全体での奉納と思われる。
佐野太鼓台 参
布団締めの龍の目玉が白目になっていることからも、かなりの年代物と思われる。形態は西讃型であり、現在の形が完成する前のもの。推定70~100年は経っているのでは。佐野が隣の大野原町、しいては香川県と関係があったことを示す証拠といえる
佐野太鼓台 弐

幕は武者絵巻か?一枚幕の布製と思われ、今で言う内幕に該当するもの。ただし戦前は、この形態が標準だったのではないか。

佐野太鼓台 四

のどかで喧嘩もなく平和で、祭りとは本来このようなものだと感じさせる祭りでした。短い見物時間でしたが、少人数での運行を余儀なくされているであろう佐野地区の祭礼行事ですが、祭りの形は変わっていないのではないでしょうか。失われつつある祭り本来の姿、素朴で地味と見られがちな農村や山間、田舎の祭りこそ祭りの原風景だと思います

八栗新道さん「讃州ちょうさ日記」で隣の馬路太鼓台が紹介されています。こちらと、佐野を見比べれば共通点や形状変化に至る過程を知る事ができると思います。ぜひ、参考にしてください。〔クリックでリンクします〕
  1. 2006/11/16(木) 21:23:06|
  2. 徳島県
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観音寺市豊浜町 豊浜ちょうさ祭り 最終日 2006/10/08 豊浜町内にて 

関谷太鼓台
関谷太鼓台
関谷太鼓台 弐
関谷太鼓台
豊浜町本町 壱
本町 朝日太鼓台
観音寺市豊浜町 本町太鼓台 2006/10/08 本町町内にて
本町 朝日太鼓台
中之町
中之町 雲龍太鼓台
港太鼓台 壱
港太鼓台
港太鼓台 弐
港太鼓台
東浜太鼓台
東浜太鼓台
観音寺市豊浜町 北原太鼓台 2006/10/08 北原地区にて
北原 玄武太鼓台 
  1. 2006/11/10(金) 22:44:37|
  2. 観音寺市豊浜町
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観音寺市合併記念イベント 2006/11/03 ちょうさ会館

ちょうさ会館 壱
11月3日 午前9時頃 大野原町内 会場へ向かう太鼓台
ちょうさ会館 参
イベント終了後、ちょうさ会館到着
ちょうさ会館 弐
市民有志の担き手による運行
ちょうさ会館 伍
滅多にない外から見る、展示室内部
ちょうさ会館 四
定位置に据え置き、運行終了。お疲れ様でした
  1. 2006/11/10(金) 22:40:51|
  2. 特別出場
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三豊市高瀬町羽方 向谷太鼓台 2006/10/08 大水上神社にて 

向谷太鼓台 壱
神社前にて獅子舞披露や神事場にて神輿神事
向谷太鼓台 弐
向谷太鼓台布団締め 自治会による手作り 太鼓台のなかった祭りを子供達とともに盛り上げようと、子供太鼓台として自治会手作りで制作
向谷太鼓台 参
差し上げ準備
向谷太鼓台 伍
指揮者が上にのり号令をかけます。ビデオも平行して撮影していたので、差し上げ写真はありません
指揮者は色々とお世話になっている「すいこま~小屋」管理人の向さん
向谷太鼓台 四
差し上げし、担いだまま行ったり来たりして最後に高く差し上げました。写真は下ろした後の担き手拍手の様子です
昨年、初めて見た時は、境内での多数の獅子舞に圧倒され初めて見た一斉乱舞に、どこを撮ればいいのかわからないまま、ビデオカメラやデジカメで撮影しました。獅子舞と獅子舞との間隔が狭く、移動しながら撮影しましたが、この時は太鼓台は休憩中で太鼓も鳴っておらず、改めて情報収集の必要性を認識しました。そして、今回は事前に情報を教えてもらい差し上げを見る事ができました。向さんには、この場を借りて御礼申し上げます<(_ _)>
  1. 2006/11/10(金) 22:25:21|
  2. 三豊市高瀬町
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観音寺市大野原町中姫・安井地区  2006/10/08 中姫八幡神社にて

香川は平野が多いためか田畑の中に忽然と森がある場所が多い。大半が神社の敷地であり鎮守の森ででる。この中姫八幡神社や安井菅原神社も、その中の一つ。
中姫八幡神社 壱

中央子供太鼓台
地区唯一の子供太鼓台 中央子供太鼓台
赤岡上太鼓台 弐
赤岡上太鼓台
赤岡上太鼓台

中央太鼓台
中央太鼓台
中央太鼓台 弐
安井太鼓台
安井太鼓台
安井太鼓台 弐

東村太鼓台
東村太鼓台


  1. 2006/11/10(金) 20:34:32|
  2. 大野原町中姫
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三豊市豊中町上高野  2006/10/08 五十鈴神社にて 

豊中町内で太鼓台が一番多く、五十鈴神社と豊姫神社の秋季大祭に奉納している。元は10月10.11.12日であるが、現在は10月第二 土・日・月曜日〔体育日のある月曜日〕となっている。元々はトンボの括り方も形状も今とは違うことが古い写真から確認できる。
片山太鼓台
片山〔山乃側〕太鼓台
財田太鼓台
戝田太鼓台
財田太鼓台 弐
戝田太鼓台 布団締めは龍 昔ながらの帯状に収まった龍である。明治頃までは、この形が多かったようだが現在は新居浜型のように七重を覆いつくさんとする大きい布団締めが主流である。
森安太鼓台
森安〔盛安〕太鼓台
森安太鼓台 弐

森安太鼓台 参

  1. 2006/11/10(金) 20:32:41|
  2. 三豊市豊中町
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大野原町内野々太鼓台 2006/1008/ 三部神社にて

昨年、あるサイトで川之江の太鼓台が雲辺寺ロープウエイ乗り場で休憩している写真を見た。これが、今回探す事にした動機である。川之江型が隣町にあると、しかも年代物だと。地図で見ると少し山の中であり、祭礼日は近隣と同じ。早速、見物ルートの確認をし、いざ出発。豊浜→萩原を見物して細道に入り坂をのぼっていく、太鼓台がいるとは思えない坂を・・・。すると、黒トンボを発見し、程なく集落内の細道から太鼓台が出てきた。だが、駐車スペースがなく、やむなく乗り場でUターン・・・・。太鼓台は昼食のため境内に据え置かれた後でした。もちろん、音が鳴ってなくても太鼓台は太鼓台。10分程、じっくりと締めや幕をデジカメに収め満足して、次の見物場所へ向かいました。
お知らせ 10月第2土、日曜日が祭礼日 土曜日 19時頃に三部神社境内で餅投げやバザー、手作り露天がでるそうです。集会所に貼れていたチラシに書かれていました。
内野々
旧川之江市金生町 掛布団以外は先代小山東を購入 掛布団は先代十三塚太鼓台の物
<内野々太鼓台 四

内野々太鼓台 八
剣のない龍 これは珍しい
田野々太鼓台 伍

内野々太鼓台 九

内野々太鼓台 六
一番とありますが、太鼓台は一台しかありません。これは、他にも奉納出し物があったので一番奉納という意味なのか、ただ付けているだけなのか不明です。
内野々太鼓台 七
大野原町十三塚より購入の掛布団
  1. 2006/11/10(金) 20:25:08|
  2. 大野原町五郷地区
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