宇摩太鼓蔵全国祭写真巻

五穀豊穣と自然への感謝と祈りを目的とする秋祭り。現代に至るまでに、途絶えた出し物もあろうが現存していることを記録に残していくことで祭りを伝えていきたい。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

香川県三豊市財田町高津神社祭礼? 2007/9/30 吉田太鼓台

琴南町へ向かう道脇にて、黒トンボの太鼓台を発見。場所は山本町財田西・・・・、ん?赤トンボだったはずだが。車を止めて良く見ると「吉田」の札がありました。財田町の太鼓台は旧行政区域外にも御花集めに行くのですね。初めて知りました。3年前から琴平に見に行くようになり、途中や帰りに財田町に寄るのですが、昨年は運行が終わったあとでした。今年は、運よく夜太鼓を見ることができ、念願の写真も撮れました。あとは、6日の鉾八幡神社での撮影を済ませば、朝と夜の太鼓台撮影は成功となり、3年越しの苦労の報われます。
財田吉田 参
うどん屋の駐車場に止めてました。横では担き手が昼食中
財田吉田 弐
帰りに発見しました。財田川横で休憩中
財田吉田 壱
夜間撮影は難しい・・・。白飛びしてますが、休憩が終わり出発しようとしているところ
財田吉田 四
太鼓台の後を給水車が付いていきます。これで、この日の見物予定は終了。仲南町も見たかったのですが、出発が遅かったため琴南町を優先しました。
スポンサーサイト
  1. 2007/09/30(日) 23:03:38|
  2. 三豊市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

愛媛県四国中央市金生町 金生八幡宮竣工記念 太鼓台運行 2007/9/29 金生八幡宮

まずは写真だけ掲載します
金生大道 壱

金生大道 弐

金生八幡宮 壱

金生八幡宮 弐

金生八幡宮 参

金生八幡宮 四

金生八幡宮 伍

金生八幡宮 六

金生八幡宮 七

金生八幡宮 八

金生八幡宮 九

  1. 2007/09/29(土) 19:45:46|
  2. 特別出場
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

香川県観音寺市流岡町・村黒町 加麻良神社秋季大祭 2005/10/9 加麻良神社

未だ境内に入っている姿を見たことがありませんが、毎年順送りで太鼓台が一台だけ境内に入ります。参道の坂道は傾斜がきつく狭いので、全台入ることができません。数年前は、ちょうど丸西太鼓台が坂から降りてくる場面に遭遇したのですが、坂を上るところは見たことがありません。最終日は、夕方には解体しているらしいので、夜太鼓も全台は見たことありません。これも、できれば今年見たい考えております。
加麻良神社 壱
奉納を終え、下の神事場で一休み
常盤 中原 壱
子供太鼓台です。大人太鼓台に劣らぬ、立派な太鼓台です。
村黒太鼓台 壱
一足先に帰路に就いてました。
  1. 2007/09/27(木) 22:11:04|
  2. 観音寺市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

香川県三豊市仁尾町 賀茂神社秋季大祭 2005/10/9 賀茂神社宮入

あと半月経てば、少し走れば祭りに出会う季節がやってきます
。そして、今年も仁尾へ足を運びます。初めて来たときは、駐車場がわからず(駐車場なんて用意されてないことが後に判明)裏路地に駐車すると、すぐに対向車は来て移動する羽目に・・・。結局、神社前の道に無理やり縦列駐車。初めて見る仁尾の太鼓台は、川之江に似た形状でしたが掛け声が違いました。その独特な雰囲気に引かれ、5年間必ず行くようにしています。言葉では説明しにくいのですが、最後に宿入が担いで帰るところを最後まで付いていくと、祭りの終わりを感じます(他の町では夜太鼓をしますが、仁尾は最終日は帰ると終了)昨年は残念ながら、多度津・詫間方面にも太鼓台があるという情報を聞き、古江の岐路しか見れませんでしたが、今年は前日の八幡神社祭礼もみたいと考えております。
宿入 壱

古江 壱

仁尾 南 壱

古江 弐

仁尾 賀茂神社 壱

仁尾 賀茂神社 弐

  1. 2007/09/25(火) 23:52:59|
  2. 三豊市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

愛媛県四国中央市金田町東金川 大西神社春季大祭 2007/5/5 大西神社境内 奉納カラオケ大会

以前にも紹介した大西神社〔各地にある大西神社の大本であり、旧社殿は大西備中守親子の墓近くにあった〕市内で芝居を奉納しているのは、ここだけになってしまいました。お隣の川滝町でも、数年前まで氏子手作りの芝居を奉納していましたが、自治体の支援無しや費用の面で止む無く奉納中止の憂き目にあっております。宗教行事に関与せずが旧川之江市の方針であり、伝統行事の保護や継承の観点からも、市が何か支援する事はないかの質問に、何度も「宗教行事の一つとして考えており、政教分離の観点からも支援は考えていないし関与しない」との答えが返ってきており、予算や人員も氏子のみで維持していくしかありません。(太鼓台も似たような扱いで、地域文化の保存と継承には消極的。合併しても、三島地区の太鼓台以外は文化保存と継承には消極的であり、相変わらず三島地区の歴史資料館や史料収集もしない。合併して川之江や土居に歴史資料館があるのに活用されていない)

大西神社の春季大祭は5月9、10日に行われていたが、現在は5/4,5日となっている。これは、多くの地域がそうであるように、氏子の生活環境による変化と、見物の面からである。奉納芝居は天保年間に記録があり、それ以前から行われていた可能性がある。青年組による「能」「浄瑠璃」などが大正年間演じられてきたが、氏子による芝居が行われたりしていたが、役者の確保などで難しくなり旅芝居一座を招くこととなる。遠くは岡山県まで一座を探しに行ったこともあるが、現在は香川県琴平町の一座を呼んでいる。なお、奉納が再開されてからは宵祭の最初に、奉納踊りを披露する。これは、大西備中守の命日である7月9、10日を祭礼日としていた頃から、霊を慰めるために行われている。昭和中期に途絶えたが、古老たちの手を借り、青年団などにより復活し、小躍りを幼年者、大踊りを青年が踊っている。
大西神社2 伍
カラオケ大会は近年行われるようになったが、以前は芝居であった。宵祭りに前編を本祭りに後編をしていた。一晩、役者は近くの民家や旅館に泊まっていたそうだが、自動車が普及してからは一度、地元に帰り翌朝、また芝居をしに来ていたそうであるが、費用の面や役者の負担などから、現在は宵祭りだけの奉納である。
大西神社2 弐

大西神社2 四
狛犬の台座には「東伊予 川之江」と彫ってある。明治時代から東伊予(東予)という呼び方はあったようだ。
大西神社2 壱
カラオケが終盤に差し掛かる頃、人が増えていく。しきりに時計を気にしながら、所々で石に腰をかけて休す人が目に付く。
大西神社2 参
大西神社の拝殿
大西神社2 六
カラオケが終わり、お待ちかねの餅撒きが始まります。終盤に集まってきた人達や、氏子の人達が芝居小屋前に集まっていきます。もちろん餅撒きの写真はありません(笑)ここの餅撒きは、御年配者の部と子供、それ以外の部と別れて行われます。これは安全に、なおかつ満遍なく拾えるようにとの配慮です。来年は、ぜひお越しください。奉納が途絶えないためにも
  1. 2007/09/21(金) 22:44:40|
  2. 愛媛県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

愛媛県今治市フジグラン今治 2005/9/23

2005年にフジグラン今治で開催されたイベント展示会です。いまだ、祭礼は見たことがありませんが北条市〔現・松山市〕の辻北ダンジリです。太鼓台でいう重受けまでのヤグラに数え切れないくらいの日の丸旗をつけた笹竹を四方につけています。別名「火事祭り」をいい、夜になるとちょうちんに灯りを点し、ライトアップされ、旗が炎の揺らめきのように揺れます。
松山市と合併し、祭礼運行に支障をきたす事になり10月の体育の日を含む土・日・月曜日になりました。
例年の見所です
7日(日) 2:30~ 参道にて練り開始
     4:00~ 正岡小学校にてかきくらべ
     6:00~ 宮出し
     6:30~御供獅子
    16:30~ 宮入り(神輿落とし)
北条鹿島 壱

北条鹿島 弐

  1. 2007/09/17(月) 20:25:10|
  2. 愛媛県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

香川県観音寺市市制50周年記念 太鼓台寄せ 2005/3/27 琴弾公園有明グラウンド

二度と集めることは出来ないでしょう、旧観音寺市で行われた「太鼓台よせ」です。本来は前年11月に行われる予定でしたが、秋に台風が通過し、高潮等の被害に合い、旧観音寺市内などが被災。グラウンドも海水が入り使えず、災害復旧のめどが立った3月に延期されました。この時の災害の様子が、郷土資料館に写真展示されてました。資料館も被災し、資料が流出したり水につかり、数ヶ月は臨時閉館していたと書いてました。さて、太鼓寄せ当日、7時には太鼓台は出発し早い地区はグラウンド付近まで来るとのことで、早起きし観音寺へ・・・。しかし早くも交通整理が行われており、駐車場探しに市内を周り、結局バスを使おうとサテイに駐車・・・。が、てっきり、駅から会場までバスが出ていると思っていたら、じつは駅が終着でることが判明!これなら、山田産業団地か高室小学校に車を止めるべきだったと後で嘆いても、すでに遅し。しかたなくグラウンドまで歩きました。これが、最後に裏目にでるとは・・・。柳町商店街を抜けて途中、道に迷いながら〔今も時々方向がわからなくなる。何回行っても旧市内は自分的に軽い迷路〕財田川を三架橋を渡り琴弾八幡宮横を過ぎてグラウンドへ。着いた時は、各太鼓台は昼食をとってました。どの太鼓台も、太鼓を叩いていなかったのですが、時間が経つにつれて一台、また一台と叩き出し。イベント開始時には、多くの太鼓台が叩いてました。さて、太鼓寄せの進行は書くと長くなるので、省きますがイベントも佳境に入った頃、ポツポツト雨が降り出し、そして終了時には大粒の雨でグラウンドは、ぬかるんでました。まさか雨が降るとは思っておらず、ずぶぬれになりながら帰っていく太鼓台を一台づつ撮影。中太鼓を撮影して、帰ることにしましたが、その時ふと気づきました。これから、雨の中を駅向こうまで歩くことを。そして、それが辛い事を。6時間、座らずに立ちっぱなしでした。しかも、飯も食わずに。食おうかなと思いましたが、太鼓台を見ていると、不思議と空腹を忘れていたのですが・・・。不思議です、ありえない気持ちにささせてしまう太鼓の魔力〔魅力〕空腹と足の痺れを感じながら、どうにか車まで戻りましたが、さすがに寒くなりずぶ濡れの格好で100円ショップのタオルを買い、なんとか寒さを治まらせ、飯を探しに〔うどん屋〕走り、結局は将八へ。んで、食べたら、夜太鼓撮影に、観音寺市内を走り回り、8時頃に酒太鼓を撮影して終了。帰ったら10時前でした・・・。ん、12時間は太鼓台を見ていた?ということには帰って気づきました。
50周年 弐
写真撮影:すいこま~小屋 管理人「すいこま~」さん

50周年 壱
写真撮影:すいこま~小屋 管理人「すいこま~」さん

下中 50周年 壱
写真撮影:すいこま~小屋 管理人「すいこま~」さん

大道上 50周年 壱
写真撮影:すいこま~小屋 管理人「すいこま~」さん

上出 50周年 壱
写真撮影:すいこま~小屋 管理人「すいこま~」さん

黒淵 50周年 壱
写真撮影:すいこま~小屋 管理人「すいこま~」さん

50周年 参 
写真撮影:すいこま~小屋 管理人「すいこま~」さん
「すいこま~」さん、掲載許可ありがとうございます。この場を借りて、御礼申し上げます
http://blog.livedoor.jp/suikomar34/
観音寺50周年 弐
撮影:真堂 ビデオよりキャプチャー
観音寺50周年 壱
撮影:真堂 ビデオよりキャプチャー
観音寺50周年 参
撮影:真堂 ビデオよりキャプチャー
  
  1. 2007/09/14(金) 22:34:31|
  2. 観音寺市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

香川県三豊郡豊中町岡本 鳩八幡神社秋季大祭 2005/10/9 鳩八幡神社境内 宮入

今年、新築完成しました鳩八幡神社の秋季大祭からです。写真は工事最中で、山を切り開く途中であり坂道もまだらにセメントを敷いているだけです。以前は、もう少し境内は狭かったはずです。5年ほど前に見に行ったときは、ちょうど坂を上りきるところで、最後の一台が拝殿近くまで登っていました。このときはビデオのみの撮影でした。今年も、豊中秋の祭りが行われるようで、スケジュールが開けば見に行きます。
鳩八幡 05 伍
春の運行とは違い、幟が立ち下のお旅所にも幕が張られてました。
鳩八幡 05 伍
谷太鼓台が境内外で待機しています。
鳩八幡 05 四
太鼓台奉納は社を担ぎながら周回して行われます。落とさず周れば、周囲からわれんばかりの拍手が・・・
鳩八幡 05 参
形状は豊浜型ですが、指揮者が「しで」を使っているなど観音寺に近い部分もあるようです。
鳩八幡 05 壱
黒色の房が特徴の谷太鼓台
鳩八幡 05 弐
一番太鼓から順番に奉納していきます
  1. 2007/09/10(月) 22:25:03|
  2. 三豊市豊中町
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

愛媛県四国中央市新宮町馬立西庄 大西神社鐘踊り 2005/8/28 旧西庄小学校運動場

どうも昔見に行ったらしいのですが、当方憶えておりませんで初めての鐘踊り見物となりました。ちなみに、腹こしらえに霧の森に行きましたがレストランは親子連れで満席。下の川にも大勢の親子連れが、バーベキューや川遊びをしてました。飯をあきらめて、踊りまで時間があるために「ブナの生水」なるものを飲みに・・・・、が到着してみると、竹筒からチョロチョロと少~しの水が出てました。これが「ブナの生水」しかも生水ですので加熱してお飲みください、と看板が立ってました。まあお構いなしに直接飲みましたが、別に腹も下さず現在も生きてます。この「ブナの生水」から大豊よりへ少し行ったところに、非常に珍しい動物が飼育?されてます。一つはキャビアの元で。もう一つはシシ肉の元です。珍しいので、覗いていると所有者の方が現れ、色々と説明してくれました。どうも、業務用ビデオカメラを持って撮影してたので、取材と間違われたようでニジマスやアマゴも養殖してるので直ぐに食べることができる所を紹介してあげると言われましたが、さすがにお断りしました。以前、地元テレビ番組でも紹介されたので、後から数人の観光客の方も覗いてました。色々寄り道しても時間は余り、照明のない笹ヶ峰トンネルを抜け高知県へ。江戸時代から土佐藩主参勤交代に使われた土佐北街道に沿いながら立川番所へと着きました。この立川番所は藩主の宿泊所と通行人の検査、いわゆる関所の役割を果たし、また近隣村の連絡所なども兼ねていました。現在も、重要文化財に指定され近くの土産販売所で「名物 立川そば」をいただく事ができます。この立川を含む「嶺北」は高知市内から見て北の嶺にあることから「嶺北」と呼ばれ、古くから「三椏」「こうぞ」「葉タバコ」「材木」を生業としてきました。明治時代には「碁石茶」と呼ばれる茶葉の産地でもあり、この付近のお茶は土佐北街道を経て讃岐仁尾まで運ばれ、そこから上方などで高値で取引されました。現在は生産者は少なく貴重なお茶です。さて、鐘踊りを見るためには元来た道を戻ることになります。いつの間にか開始まで一時間を切り、多少は無茶な運転も止むを得ない状況になり、林道みたいな県道を爆走し徳島方面へ向かう道に合流。少し進むと旗が立っています。「無形文化財 鐘踊り」この旗が道筋の順々にたっていますの、まず間違わずに途中まではいけます。が、何故か途中から旗が消え勘で進むことになります。地元の方に道を聞きながら20分程のぼると、道脇に縦列駐車が目に付き始め何人かの誘導員?が指示してます。どうやら、会場に着いたようです。林道脇に半数以上が県外ナンバー、しかも京阪神ナンバーが多い!どうもこの時期に帰省し鐘踊りを見るようです。さて、こちらは誘導されず先に進むと奇跡的に止まってた車が退いた後。もちろん、そこに止めました。坂道を下りあること5分。旧西庄小学校に着きました。神社の境内にある今は使われていない小学校。横にあった記念碑に、神社の謂れなどがかかれてました。高度経済成長期に大勢の人が都会や山を下り、この地はそこで時間が止まってしまったのかのように非常に神秘的な空間でした。初めて見る村の祭り。戦国時代の領主「大西備中守〔おおにしびっちゅうのかみ〕」が長宗我部元親軍に攻められ、宇摩金川村轟城より数名の家臣とともに逃げ、村内「山川国秀」屋敷に匿われた。追っ手は、すぐに家臣共々を発見し、一族共に果てた。この屋敷跡に主人は手厚く「備中守」を葬り、後年になって領内で善政を尽くした「大西備中守」を偲び、領内かしこに「大西神社」が作られた。大本は墓跡に作られ、現在は対面の山に移ったが、信仰は絶えず大西一族領地には「大西神社」が多い。この「大西備中守」は大変踊り好きであり、殿様亡き後に領民は大変悲しみ、弔いと追憶の念をこめて踊りを奉納することにした。これが、大西神社に伝わる「鐘踊り」である。
鐘踊り 壱

鐘踊り 弐

鐘踊り 参

鐘踊り 四

鐘踊り 六

鐘踊り 七

鐘踊り 八

鐘踊り 九

鐘踊り 拾

鐘踊り 拾弐

  1. 2007/09/08(土) 01:22:16|
  2. 愛媛県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

愛媛県松山市三津浜花火大会 2005/8/7 三津浜港

一昨年ですが、三津浜花火大会です。愛媛県内最大級の規模で行われました。松山祭り前夜祭として、県内外から多くの観客を集めます。松山祭りよりも、客は多いかも・・・。この三津浜花火大会では、会場正面に議員や県・市関係者などの席が用意されてます。あと、一般予約席が有料で販売され、毎回完売となってます。この花火大会は松山中心部からはあまり見えず、海側に行かざるをえません。そして、帰りは2時間くらい渋滞にはまることを覚悟しましょう。バスや電車を使うのが一番です。自分は、もう行くことはないでしょう。「おんまく」「大橋祭り」と日程が重なるのと、遠いからです。帰りは死ぬこと確実です。帰宅時間は深夜2時ですから。

三津浜 壱
決してフィナーレではありません。この花火から始まります。
三津浜 弐

三津浜 参
地元企業のフジがスポンサーの花火です。フジだから「富士山」の仕掛け花火です。写真の場所にスポンサー名が表示?されます。
三津浜 四
夜空に浮かぶ蝶の花火です
三津浜 伍
連続スターマインと5尺玉
三津浜 六

三津浜 七

三津浜 八

三津浜 九

三津浜 拾

三津浜 拾壱

三津浜 拾弐

三津浜 拾参

三津浜 拾四
フィナーレが近づき、10分以上の連続打ち上げが始まりました。もういいだろ!というくらい、いろいろの花火が打ち上げ消えるまでに、また打ちあがります。歓声しか聞かれない、近くにいるからこそ尚に圧倒される10分間です。
三津浜 拾五
ラストです。伊予三島だと尺玉でフィナーレですが、ここは出し惜しまず、大量のスターマインや絵柄花火の連続打ち上げと3尺玉連続打ち上げの競演で幕を閉じます。これを見たら、地元の花火が小さくショボク感じました。四国最大級だと某旧市民は誇らしげに言ってましたが、他所を見ればわかるでしょ。井の中の蛙、大海を知らず。四国の中央と叫ぶもの、また世界を知らず・・・。さりとて、市名は変わらないので、残念ながら恥ずかしい市名は次の合併まで続きます。名前は大切ですし大事です。とくに地名なんか、昔から由来があるから名が付いているのですから、それを古いやカッコ悪いなどと考えて関係のない地名にしてしまう。まさにニュータウン開発のようです。響きのよい名前をつけようとする。歴史を国を地域を大事にしようと叫んで、先導してる人ほど、そのような感覚が強いと感じます。まずは、国〔江戸時代の旧国名名〕の名の由来・土地の名の由来・そして祖先の営みを学び、郷土を知ることからはじめる。生まれ育った土地の事に、興味を持たせるようにすることが先決だと思います。古きものを残し、新しきものを作る。時がたてば、新しきものも古くなる。歴史は流れています。時は流れています。この流れる時を伝えることも、今住む我々の為すべきことではないでしょうか?地名を安易に変えることや、縁も縁もない地名をつけることには反対です。
  1. 2007/09/03(月) 22:48:24|
  2. 愛媛県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

カテゴリー

最近のコメント

管理人紹介

旧川之江市在住

丸と映像

Author:丸と映像
名は無くなろうとも
故郷は消えぬ
宇摩の名は歴史に残り
見聞広めし
われ幾多の祭りを
記録に残す見物行脚

全国の祭見物行脚の 記録です。

総来訪者数


無料カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

カレンダー

08 | 2007/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

管理人直通手紙

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。