宇摩太鼓蔵全国祭写真巻

五穀豊穣と自然への感謝と祈りを目的とする秋祭り。現代に至るまでに、途絶えた出し物もあろうが現存していることを記録に残していくことで祭りを伝えていきたい。

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香川県三豊市財田町 鉾八幡神社秋季大祭 太鼓台奉納

雨脚が強くなり財田町に入っても雨はやまず、でも見るものは見ようと下に車を止めて石段を上がりぬかるんだ参道を歩き拝殿下の広場で太鼓台の差し上げを行っていました。下の馬場?には鉾舟が置かれてましたが、これが境内で動いてる姿を見た事が無く、来年こそは!宮入から見ないと駄目なのか?さて、太鼓台の差し上げは雨の中で行われたので地面はぬかるみドロドロ。それでも差し上げて一周したり頑張ってました。太鼓台の奉納が終わると獅子舞の奉納が始まるのですが、まずは巫女や稚児、鉾や長刀の行列が拝殿前へ進み獅子舞がその前に並んで奉納が始まりました。ここで琴平町へ移動するため一時退散。それにしてもいたるところに社や小さな鳥居がある鉾八幡神社には何社が合祀されてるのだろうか?一度時間があると気に見に行かないと
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  1. 2010/10/31(日) 22:31:49|
  2. 三豊市財田町
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香川県三豊市山本町河内 河内神社秋季大祭 2010/10/3 河内上組太鼓台

初めに大野原町内野々に立ち寄るが雨脚が強く太鼓台もおらず、断念。後で9932さんから聞いたところでは赤トンボになってたとのこと。残念、また一台川之江型が消えました。まあ元は太鼓台は無く地区の親睦と団結目的で太鼓台を購入したので、伝統の形状は存在しないのだけど。でも、せめてトンボは黒トンボで残してほしかった、河内下組同様、川之江人からすれば残念です。雨脚がますます強くなり、早々と探索を諦めて財田町へ。その前に丸井でうどん!某ブログに載っていた店へ。前は料理店だったが今はうどん屋。太めの手打ち麺にイリコ出汁が効いたうどんでした。鳥越うどんに似てるかな、カツオ出汁派の弟はちょっと匂いが駄目だったようだ。腹こしらえも済んで、財田町へ向う前に河内地区へ。辻地区は境内から動いてなく雨も強くなっていたので通り過ぎ、河内地区へいくと何故か集会所前に河内上組太鼓台が。宮入を見にきたんだけど、雨が強いからまだ登らないらしい。動きそうに無いんで財田町へ出発、河内下組も集会所前で休憩中、でも撮影せず。
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  1. 2010/10/28(木) 21:46:27|
  2. 三豊市山本町
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香川県三豊市山本町辻 菅生神社秋季大祭 2010/10/2 マルナカ山本店カキ比べ後

着いたときは太鼓台はいなく帰落中。なんとか大辻の太鼓台を発見。休憩してました、が今から若衆だけに任せるとか何とか聞こえました。離れたところに路駐したのではっきり聞き取れず早々と帰路につきました。
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  1. 2010/10/28(木) 21:33:15|
  2. 三豊市山本町
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香川県三豊市山本町 河内神社秋季大祭 2010/10/2 地区内運行

琴平町からの帰りに財田町から山本町と周りました。北鉾舟を発見しましたが反対車線で車も止めれず、すぐに集会所に入って終わったので撮影できず。吉田太鼓台は休憩中で10分以上動かず太鼓も叩いてなかったので撮影せず、んで大野地はなんと裸太鼓・・・・。夕方に終わったようです。来年は夕方までに雨宮神社へ行かないと。入樋太鼓台は小祭りに行くしかありません。たしか土曜日夜に地区周りで日曜日は神社前に据え置き。メインは総氏神鉾八幡神社秋季大祭のようです。財田町では撮影できず、山本町河内地区や。毎年の順路を逆から回るといました、河内上組太鼓台が。ビデオ撮影と写真も撮り道を下ると河内下組太鼓台に遭遇。車を止めて前方から撮影してると、なんと黒トンボが白トンボに。残念です、古き川之江型がまた一台消えてしまいました。でもここの白トンボ、八房が小さめで常時ビニールに包まれてました。黒トンボが破損して借りてきたのか?真相を知りたいです。
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  1. 2010/10/26(火) 21:43:36|
  2. 三豊市山本町
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香川県仲多度郡琴平町 春日神社秋季大祭 2010/10/2 春日神社参道

予告していた宇摩地方各太鼓台の紹介はホームぺージにて行います。近日中にホームページをリニューアルしブログでは祭り全体を紹介していきます。祭りの情報や運行予定などの情報をお待ちしております。

今年初めての秋祭り見物。なかなか来れない琴平から始めました。毎年来たいけど距離が、そして日程が。数少ない固定日で行われる氏子祭りは喧嘩が行われるので有名です、もちろん太鼓台同士での。べつに走りながらぶつけるとか破壊目的ではないので、因縁ある喧嘩ではなく殴り合いの喧嘩も起きず純粋に太鼓台同士での喧嘩です。一升瓶や刃物も飛びかいません。春日神社での神事を終えて太鼓台は帰って行きますが喧嘩をする太鼓台は県道を挟んで参道に移動し出番を待ちます。相手が来たら対角点に移動しお互いに近づきカキ棒を両端にせり出し合わせていき喧嘩が始まります、合図と共に互いに押し合いカキ棒を天高くせり上げていきます。これが琴平町での太鼓台の喧嘩です。
喧嘩太鼓台は金刀比羅宮氏子祭りでも行われ、春日神社で喧嘩が終わる頃に参道前の交差点で行われています。こちらは観光客が多く独特の熱気が凄く感じられます。駐車場は琴平町町営西駐車場か琴平町役場へ

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  1. 2010/10/24(日) 21:50:20|
  2. 琴平町
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愛媛県四国中央市妻鳥町 三皇神社秋季大祭 松木子供太鼓台

大正時代までは太鼓台があったという。昭和50年代に子供太鼓台を伊予三島地区から借りてきて運行。松木中之町子供太鼓台として運営していた。2008年から平木子供太鼓台を借りて運行し、現在は松木のみで運営し松木子供太鼓台となっている。地区所有はせずに子供が居なくなると休止になるであろう。昔は投光器であったが現在は「松木」の提灯となっている。
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  1. 2010/10/05(火) 21:55:13|
  2. 妻鳥町
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愛媛県四国中央市妻鳥町 三皇神社秋季大祭 中上子供太鼓台

大正時代までは太鼓台を所有したいたが売却し楽団を奉納していたが、これも廃れ昭和初期に廃絶。昭和50年代に子供太鼓台を借りてきて運行。以来、昭和60年代に地区所有の太鼓台を作り、現在が3代目のはずである。2009年に住吉太鼓台が大人太鼓台に移行するに伴い、子供太鼓台を売却し中上が譲り受けた。以前より大型化しており夜間は大人のみでの運行も行う。子供も多く綱を引きながら運行する数少ない太鼓台。往古は中上と中下は一つであり中村と呼ばれていた。思うに中村で太鼓台を所有していたのではないか?まあ何の証拠も文献も無く、想像でしかないが少子化とカキ夫不足が進めば行く行くは補完しあう形で大人太鼓台と子供太鼓台を共同運営していくことになるのではないか。
中上 0906
中上 0901
中上 0907
  1. 2010/10/05(火) 21:36:57|
  2. 妻鳥町
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愛媛県四国中央市妻鳥町 三皇神社秋季大祭 平木太鼓台

三皇神社奉納太鼓台 第四號 平木太鼓台 櫻
2008年に昭和初期以前より廃絶していた大人太鼓台を再興し、地区所有の太鼓台として運行を再開した。子供太鼓台も所有しているが現在は他地区に貸している。飾り一式は三島町東町から譲り受け、山下八郎縫師のものを高橋縫師が修復し使用している。掛布団は山下八郎縫師が立体刺繍に挑戦し始めた初期の作品であり、鷹の羽が数年で折れたようで、修復の際に修理し補強したうえで羽の角度を制作当時と同じと思われる角度で取り付けている。昭和26年頃に作られたものだが、まだまだ現役でつかえる逸品といえる。唐木と本体は石川太鼓台刺繍。房などは高橋縫師が製作した。初年度は金房だったが昨年からは白房のみとなる、太鼓は2010年に浅野太鼓にて制作。屋号の櫻は平木神社の櫻から取ったという。なお三皇神社の社紋も八重桜であり、そこからも屋号の由来としたのではないか。
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四地区 0909
平木 091410
妻鳥 091413
  1. 2010/10/05(火) 21:24:58|
  2. 妻鳥町
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愛媛県四国中央市妻鳥町 三皇神社秋季大祭 中下太鼓台

三皇神社奉納太鼓台 第参號 中下太鼓台
西讃型と川之江型の融合といえる形状。高さ5.6M、重さ2.5トン
昭和三十年代頃に廃絶し、お蔵入り。昭和50年代に子供太鼓台を中之庄町から借り受け、太鼓台奉納を再開。以後、他地区から借りての運行を続け、昭和60年は村松子供太鼓台を借りたと推測される。この年に地区所有の太鼓台での運行が決定し太鼓を購入、飾り一式を石川一三縫師が手配し唐木類は先代のを流用。昭和61年、地区民総出で秋祭りに運行する。以後、新調を重ね平成7年に完全新調。彫物は流用か。
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四地区 0907
中下 091410
妻鳥 091412
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中下 09151
  1. 2010/10/01(金) 23:01:38|
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