宇摩太鼓蔵全国祭写真巻

五穀豊穣と自然への感謝と祈りを目的とする秋祭り。現代に至るまでに、途絶えた出し物もあろうが現存していることを記録に残していくことで祭りを伝えていきたい。

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愛媛県四国中央市新宮町馬立西庄 大西神社鐘踊り 2005/8/28 旧西庄小学校運動場

どうも昔見に行ったらしいのですが、当方憶えておりませんで初めての鐘踊り見物となりました。ちなみに、腹こしらえに霧の森に行きましたがレストランは親子連れで満席。下の川にも大勢の親子連れが、バーベキューや川遊びをしてました。飯をあきらめて、踊りまで時間があるために「ブナの生水」なるものを飲みに・・・・、が到着してみると、竹筒からチョロチョロと少~しの水が出てました。これが「ブナの生水」しかも生水ですので加熱してお飲みください、と看板が立ってました。まあお構いなしに直接飲みましたが、別に腹も下さず現在も生きてます。この「ブナの生水」から大豊よりへ少し行ったところに、非常に珍しい動物が飼育?されてます。一つはキャビアの元で。もう一つはシシ肉の元です。珍しいので、覗いていると所有者の方が現れ、色々と説明してくれました。どうも、業務用ビデオカメラを持って撮影してたので、取材と間違われたようでニジマスやアマゴも養殖してるので直ぐに食べることができる所を紹介してあげると言われましたが、さすがにお断りしました。以前、地元テレビ番組でも紹介されたので、後から数人の観光客の方も覗いてました。色々寄り道しても時間は余り、照明のない笹ヶ峰トンネルを抜け高知県へ。江戸時代から土佐藩主参勤交代に使われた土佐北街道に沿いながら立川番所へと着きました。この立川番所は藩主の宿泊所と通行人の検査、いわゆる関所の役割を果たし、また近隣村の連絡所なども兼ねていました。現在も、重要文化財に指定され近くの土産販売所で「名物 立川そば」をいただく事ができます。この立川を含む「嶺北」は高知市内から見て北の嶺にあることから「嶺北」と呼ばれ、古くから「三椏」「こうぞ」「葉タバコ」「材木」を生業としてきました。明治時代には「碁石茶」と呼ばれる茶葉の産地でもあり、この付近のお茶は土佐北街道を経て讃岐仁尾まで運ばれ、そこから上方などで高値で取引されました。現在は生産者は少なく貴重なお茶です。さて、鐘踊りを見るためには元来た道を戻ることになります。いつの間にか開始まで一時間を切り、多少は無茶な運転も止むを得ない状況になり、林道みたいな県道を爆走し徳島方面へ向かう道に合流。少し進むと旗が立っています。「無形文化財 鐘踊り」この旗が道筋の順々にたっていますの、まず間違わずに途中まではいけます。が、何故か途中から旗が消え勘で進むことになります。地元の方に道を聞きながら20分程のぼると、道脇に縦列駐車が目に付き始め何人かの誘導員?が指示してます。どうやら、会場に着いたようです。林道脇に半数以上が県外ナンバー、しかも京阪神ナンバーが多い!どうもこの時期に帰省し鐘踊りを見るようです。さて、こちらは誘導されず先に進むと奇跡的に止まってた車が退いた後。もちろん、そこに止めました。坂道を下りあること5分。旧西庄小学校に着きました。神社の境内にある今は使われていない小学校。横にあった記念碑に、神社の謂れなどがかかれてました。高度経済成長期に大勢の人が都会や山を下り、この地はそこで時間が止まってしまったのかのように非常に神秘的な空間でした。初めて見る村の祭り。戦国時代の領主「大西備中守〔おおにしびっちゅうのかみ〕」が長宗我部元親軍に攻められ、宇摩金川村轟城より数名の家臣とともに逃げ、村内「山川国秀」屋敷に匿われた。追っ手は、すぐに家臣共々を発見し、一族共に果てた。この屋敷跡に主人は手厚く「備中守」を葬り、後年になって領内で善政を尽くした「大西備中守」を偲び、領内かしこに「大西神社」が作られた。大本は墓跡に作られ、現在は対面の山に移ったが、信仰は絶えず大西一族領地には「大西神社」が多い。この「大西備中守」は大変踊り好きであり、殿様亡き後に領民は大変悲しみ、弔いと追憶の念をこめて踊りを奉納することにした。これが、大西神社に伝わる「鐘踊り」である。
鐘踊り 壱

鐘踊り 弐

鐘踊り 参

鐘踊り 四

鐘踊り 六

鐘踊り 七

鐘踊り 八

鐘踊り 九

鐘踊り 拾

鐘踊り 拾弐

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  1. 2007/09/08(土) 01:22:16|
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