宇摩太鼓蔵全国祭写真巻

五穀豊穣と自然への感謝と祈りを目的とする秋祭り。現代に至るまでに、途絶えた出し物もあろうが現存していることを記録に残していくことで祭りを伝えていきたい。

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愛媛県四国中央市妻鳥町 三皇神社秋季大祭 2010/10/15 三皇神社宮入

正午に続き2回目の宮入。中下太鼓台は神輿の還座祭にあわせ境内外で神輿が仕舞われるのを待っていました。正午は子供太鼓台も合わせて宮入りします。正午の宮入は御旅所での氏子初見に合わせて行われ本来の神事に沿ったものです、夜の宮入は大人太鼓台が集まる為で神輿が仕舞われた後なので神輿神事ではありません。3日間の平和運行の報告と来年への祈念を兼ねたものです。鳥居が大きく御手洗場が端にあればもっと、躍動的に宮入できるのですが多分、昔の太鼓台は鳥居をくぐれるくらいのものだったのかもしれません、ちなみに本来は鳥居は中下公会堂付近にあり社有地の縮小のため現在の敷地になり、現在地に新たに据えたものです。元の鳥居は御旅所に置かれてます。
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昭和初期は神輿は夕暮れに綿市の荒神で最後の神事を終え、神社へと帰っていたが太鼓台は神輿が帰ると帰落しなくてはならず名残惜しく進路を妨げたりし度々喧嘩になったそうだ。昨年は初めて、神輿の還座祭を中下太鼓台が神社外から見届け少しだが本来の神輿重視の運行に戻ってきている。次は完全に神輿の御供で周ることか?四台の神輿は地区ごとに割り振りがあり受けもちの神輿はカキ手の地区へ巡幸していく。現在も神輿が自地区に来るときに神事に立ち会う地区もあるが四台で統一して神輿の後を追うのも風情があろう。綿市荒神から神輿は担いで神社に戻ってくるとか、その後を太鼓台が続き還座祭を見届けてから神社上から除車して宮入したり、献提灯を南北の道にするか高張提灯を復活させるなど、まだまだ温故知新で妻鳥秋祭りは賑わいを取り戻すよう発展中です
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  1. 2011/09/20(火) 23:48:08|
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